ヒッキーPからの視界

音楽について、VOCALOIDについて触れていきます。 あと自分の活動について。

2016年10月

電池が切れたように身体の自由が効かん!

今日はとても良い報せがありました。
ボカロシーン楽しい!と誰かに伝えられるかもしれないことが楽しいです。





全く関係ないんですが、秋田にいる頃は
米は当たり前のようにあきたこまちを食べていました。
上京して初めて味わった感覚があります。

米を選んで買う

ってことです。
東京の米はまずいとか、東京都産の米を食べている人が何人いるのでしょうか?
ほとんどの東京住みの人は美味しい地方米を選んで食べています

そしてほぼ価格は一律なので、多種類の米を食べ比べることに興味を持ちました。

なんだ、新潟のコシヒカリも特別高くないじゃん!
茨城県産のコシヒカリってなんだ!?
北海道の米(きらり、ゆめぴりか)って最近評判を追い上げているってホント?
ハエヌキは名前で損してるんじゃね!?
く、熊本・・・?

などなど。そして早速1つの有力な説が自分の体幹に聳え立ちました。
お米の美味しさに一番重要なのって炊き方じゃない?

黒夢はすごい! 

バカじゃないのかって真っ当な人は言うじゃないですか。
でもそんな真っ当な理屈で効率悪いと断言しちゃえるなんて、
その大枠の模様の奥に隠された小さな歪みや、
規則やシステムでは実現できないような、人の手の不正確さがもたらす
直接の感想として表現はできないけどなぜかバイブスを刺激するパワーみたいなものを
ろくに感受できてないわけじゃないですか!

技術の線上から超えた所にある衝撃、
説明できない所にある凄みや良さ、広い意味でのグルーヴをぜんぜん尊重せずに
このシステムが最も賢いとか言えちゃうわけでしょ?

あなたの感動はその程度でしょうか?ねえ!!

「めんどうくさい、効率の悪いこと」と「とても熱いやる気」がぶつかって形になると、
どこかでその行き場が無い分のパワーがどこかの細部で働き、
明確な技術として作品には顕れなくても、
得体の知れない凄みとして、誰かがそれを鋭く感受してくれるものだと思うんです。
「なんか分からないが凄く面白く感じる」はそこにあるのではないでしょうか?
けして効率の悪さは無駄じゃないと信じているし、
何か明確な言葉(ジャンルや奏法など)にできる技術ではなくて、
上述したような、言葉にしがたいエネルギーを求めて音楽を聴いている
(でも「言葉にしがたいエネルギー」という言葉にもできずにもやもやしている)
そんな人が最も大多数なのではないでしょうか?

そんな理的には語りづらい部分が音楽の良い部分で、
語りづらいものを無理やり語ろうとするアティテュードは僕は大好きですが、
音楽にこれが正解とか一つの秩序があると思っている人とはきっと音楽の話ができないんだろうとは思う。
とても思う。

自動販売機でゆずジュースを買ってみてあまり美味しいと思わなかった時、
反射的に「あ、損したな・・・」と思ってしまったのだけれど、今日の自分はふと気付いた。

ほとんどの人は自分と同じように同様の場面で「損したな」と思って終わるのだとは思う。 
けれど「損したな」と思って「嫌だったなーもうこの商品は飲まないぞ」と思考を止めてしまっている
そのことが損をしているのだ!
同じものを飲んで「うわ!この味いい!飲みたい!」と感じる人がいるのに
それを「人それぞれ」として完結させてしまうなんてどれだけ勿体無いことなんだろう。
今日の自分は、口に入れて「ああ、あんまりだな・・・」と思った時に、
「おいしいと思っている人は、この味をどうおいしいと解釈しているのだろう」を
自分の味覚と手探りならぬ舌探りで相談しながら、
「ああ、そうか!このメーカーのゆずジュースを美味しく飲む人は、この鈍さこそが良いんだ!」
という気付きがあった。今まで知らなかった「良さ」を1つ知ることができた。



・・・。

おい!音楽鑑賞という面では自分がずっと当たり前に行ってきたことじゃないか!


きっと音楽が好きという頭があったから音楽に関してはそれを最初から行えていただけで、
魅力を見出すということはもっと何に対しても、普遍的に行いうるものなんだ!
自分はきっともっと多くのものを好きになれるはずだ、というポジティブなことを考えることができたのでメモ。

完全に個人的なメモでしかありません。お流し下さい。



ー転車で15分以内
電車で15分以内
E甜屬30分以内
づ甜屬60分以内
ヅ甜屬120分以内
―――――
Δ修谿幣
Г修譴匹海蹐犬磴覆

自分の中では距離感覚ってだいたいこの7つに分類できます。
数字が半端なのは完全なる個人的体感で書いてるからです。

,篭畚蠅箸いβ隆兇里△覽離。
玄関を出て自転車を出して、の作業時間を考慮しても20分以内に着く、
これは本当に日常に溶け込んでいる、
特別何の目的がなくても何となく行けてしまう、あくびをしながら手に取れる距離です。
「近所のスーパーへ行く」感覚。

△呂Δ舛涼聾気埜世Δ箸海蹐痢峭抒阿ら市街地へ行く」くらいの距離感です。
玄関を出て駅まで歩いて、チャージして改札入って電車を待って、
という工程で10〜12分は食うので、
だいたい目的地まで25分はかかる体感ですが、ここまでだと近くに出かける感覚。
鷺宮から新宿、二子玉川から渋谷、和光から池袋というのがこれくらい。
地元で言う「自宅から街のデパートまで出かける」くらいの感じで目的地まで到着できる。

は隣町まで行く程度の体感です。
近くないとはいっても計40分以内では目的地に着くので、
ちょっとしたイベントでもあると気軽に行ってみようかという気になれる程度の距離感。
船橋から秋葉原、松戸から上野というくらい。
地元だと大館から花輪、鷹巣、二ツ井、大鰐くらいまで行く感覚かな!

い呂韻靴同鵑い箸聾世錣覆い韻譴評さいことでは足が重くなってしまう距離感。
明確な目的や意欲があって行く分には何の支障もないのにも関わらず
「何も無いけどちょっと行ってみよう」には成り得ないエアーポケットなエリア。
青梅から新宿、土浦から上野、熱海から横浜って感じ!
大館で言うと弘前、能代まで行く感じだね!

イ肋さな用で行くには明らかに遠い距離感。
「かなり行きたい!!!行きたい!!!」があって行く場所。
旅行と言えるか言えないか、くらいの感じ。
高崎、宇都宮から東京の感覚。
大館で言うと青森市、秋田市、盛岡くらいまで行く感じ!

ζ帰りはできるが長居はできないくらいの旅行先。
遠征感が出てくる。憧れの対象になってくる。
名古屋、仙台から東京くらい。
大館から函館、仙台って感じ!

Ф盂櫃韻2泊3日とかで旅行しないと行けない距離感。
そう、大館と東京というのはここの距離感なんです!
 
大館ってどこやねん!という方は各自お調べ下さい・・・。

90年代末にネットが身近になり、オリコン関連のサイトが各所で立ち上がるのを眺めていました。
また親の集まりなどで大人同士の会話にもしきりに流行J-POPの話題が上がってきておりました。
そこで思ったこと。


例えばB'zの初動(いわゆる初週の売上)が
46万から40万に減っただけでB'z終わったとか本気で思う人の多さ


例えばそれまでまるで道端の小石のように「ふーん、あっそ」という態度だった人が
オリコン10位に入った途端に神を崇めるような態度に変わること

 
例えば
カラオケで流行曲を追うことが真面目に社交術になったこと

 
例えば
ただ好きなもの(しかも取り立てて無名でもない)を聴いてて
「マイナーなの聴いてる俺かっこいいとか思ってんだろ?」とか言われる
こと
(これは今もあるんじゃないか!?)


例えば
オリコンチャートに入っているもの以外は
なんにも掘り下げない
こと


例えば
「知らない。なにそれ有名なの?」って言われること


例えば
1年前の流行曲聴いてると
「え〜まだ聴いてるの〜古〜いダサ〜い」とか言われた
こと





つまり
最新のヒットチャートについていくことが
自分のブランドアクセサリーや車を持っていること
(今となっては時代錯誤な価値観)
と同様の自分の最高にカッコいいステータスとして働いていたのです。


むかしむかし、ひょんなことでアラフォーの人と知り合って話し、好きな音楽を尋ねてみると
3代目J Soul Brothersと東方神起〜!」などと言っていたので
当時の音楽にしがみついてない(懐古厨じゃない)所がいいなと思いながら
「当時思春期とか青春時代に聴いていた音楽はどういったものを好きでしたか?」と尋ねたら
えー?全然思い出せない!わかんない!
(°□°)!?
「ぐ、globeとかどうでしょう・・・?」
そう!globe!聴いてた聴いてたあんなに最高な音楽他にない!ノーミュージックノーライフ!!
そんなにも最高だった音楽をあなたはくぁwせdrftgyふじこlp!!!!!!!!


こんな90年代的文化を最高に憎み
一方で、ここまで少年漫画的に分かりやすい構造にワクワクし、
90年代のヒットチャートを面白く見ていたわけです。
漫画で言えばドラゴンボールのスカウター遊戯王のデュエルモンスターズの攻撃力
バクマンの連載順位です。

ね?90年代のヒットチャート夢があるでしょ? 



本当は前編の売上基準に基づいて、諸アーティストの人気面を分析する、なんてことも
延々と出来るのですがキリもないので、そこは拡げませんでした。ご了承・・・。

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